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メディカルチェック

都内某所で、チームメンバーに合流していただいた、リハビリ専門医で竹川病院にお勤めの山﨑先生に、千葉さんのメディカルチェックをしてもらいました。

ご挨拶やプロジェクトについての雑多なお話の後、今後のトレーニングにおいて「少しでも安全に」「運動領域で成果を上げやすくするための」メディカルチェックを行いました。

まず発症の経緯・主治医の説明内容についてと、本人の主観的な症状の変遷・現在の症状(痛みや痺れなどだけでなく、「〜ができない」などの能力低下・機能障害も含め。また、自覚的な強弱やニュアンスも含めて聴取しています。こうした主観的な捉え方・問題リストを、医療業界では「主訴※1」と呼んだりします)とを確認しました。ご本人も記事で触れていることですが、特に若年者の脳血管障害では、いわゆる生活習慣病・動脈硬化とは別のメカニズムが関与していることもしばしばです。脳梗塞では再発を誰もが恐れるものですが、防ぎうる要素があるとすれば明らかにしたいと思うでしょう。もちろん詳細なメカニズムまで当事者がすべて把握すべきというわけでもなく、必要なのは対応への落とし込みです。

さて今回は、右の手足に運動機能および感覚のトラブルが生じている、いわゆる「片麻痺」という状態があるというところからのスタートでした。ただこの他にも、よほど注意しないと気が付かないような僅かなものではありましたが、発音の問題や顔面筋の動きの左右差などがあり、“脳神経障害徴候”の可能性も考えられました。
また、動きのぎこちなさだけから判断するのは難しいのですが、小脳に関わる運動調節の機能に問題がある可能性も示唆されました。画像※2を確認すると、「視床」だけでなく「脳幹部」にも病変があることが確認でき、上記の問題をある程度説明可能なものと言えました。このことから脳以外の問題を全否定することは難しいものの、ひとまずシンプルな理解として、脳梗塞の後遺症であるとして矛盾はないようです。

話を片麻痺に戻すと、しばしば回復過程で問題になるのが「異常筋緊張」です。発症後にまったく手足の筋肉に力が入らないままでは回復の兆しがないということになるのですが、そこからの回復過程ではしばしば特定の筋肉にだけ力が入る、そして意のままに力を抜くことが難しくなる、ということが生じます。手首や指を伸ばそうと思うのに、曲げる方の筋肉にだけ力が入っており、手が伸びない。ちょっとした刺激で力が抜けなくなって、意図しない姿勢をとってしまう。こうした筋緊張のコントロール※3を改善し、意に沿う動きを可能とするための介入が、リハビリ・チームの腕の見せ所の一つです。

この筋緊張というのは回復初期の「機能を伸ばしやすい」段階でもとても重要なのですが、それ以降の「慢性期」「維持期」といわれるフェイズでも、維持のために、あるいはさらなる改善のために常に気を払っておく必要がある要素です。極端な言い方をすれば、足の形を見て、手を使って足首の曲げ伸ばしをさせてもらえれば、普段の生活が垣間見えます。足首の関節周りの筋肉(アキレス腱の上の方です)に強い緊張が見られましたが、どうやらかなり以前よりは抑えられているとのこと。手の末梢までもチェックをしましたが、日頃からストレッチを欠かさない、良い手・腕であると感じました。今後歩行や走りの中でも状態を確認しながら、最適な介入をチームで検討していくことになるでしょう。

また、視床という部位は感覚に関わる情報伝達で非常に重要な役割を担っています。この部位が侵されることで、「触った」「痛い」「冷たい」というような情報を伝える機能が傷害されることもあれば、「体がどのような格好をしているか」「関節の曲がり具合」「体重のかかり具合」などを自覚することができなくなることもあります。後者の感覚※4は、運動において非常に重要です。耳栓をしながらピアノの練習をすることが難しそうなのと同様に、体を動かした結果=体の(新しい)位置を把握せずに動作の練習をするというのは非常に困難なのです。

「長い時間継続して、早く走る」という今回のプロジェクトの目的に照らせば、一般的な診察の領域を超えた評価が必要になることは明らかです。リハビリ病院での介入は「日常生活への復帰」を主目的にすることがほとんどですので、例えば「4時間腕を振り続けることでの感覚の変化」であるとか、「時速10km以上のスピードで走ることを想定した足の動きをどれだけ正確に把握できるか」と言ったようなことについて、日々評価をしているわけではありません。可能な範囲では先行事例に学びつつも、多くについてはランニングのプロや、あるいは全く別の領域の知見や設備を動員して評価を模索していくことになるでしょう。

※1 主訴について
当事者や家族が「どうしたいか」「何を問題に感じているか」は、病院というよりも、むしろ生活期にこそ重要になることです。主観的な問題意識が、客観的な評価とは異なることも珍しくありません。たとえば、本人は「転びやすいこと」が問題だと思っているけれど、療法士は「足が変形していること」を修正したいと思っていたりなど、同じ現象を違う視点から見ているようなこともしばしばです。また改善を期して介入しようにも、時間やマンパワー、経済的な要素も含めて対応力が限られていることが多いものです。そういうときこそ、きちんと整理して目意識を持った対応を取ることが必要であり、その計画こそが、戦略的なリハビリテーションの要諦となってきます。日常生活においての工夫や、職場での活動など、日頃どのようなことを考え、どのような問題意識を持ち、どのように対処しているのか、ということを共有することで、チームの中でも改めて「過去」「現在」「未来」がイメージできたように思います。
※2 画像と症状について
脳梗塞はCTやMRIなどの画像にも変化が残ることの多い病気で、変化のある部位が司る機能をもとに、症状をある程度推測することができます。逆に画像と合致しない、「不可解な症状」ともいうべきものが見られるケースも有るので、その場合には脳以外も含めて、原因を考えることが必要です。医師や看護師など、全身の症状に精通した者が「機能障害」の評価に関わることは、疾患の正確な姿を把握するためには重要な事なのです。逆に、変化が画像では認められても症状がほぼ残っていないケースもリハビリ後の場合などにはしばしばです。結局、画像はあくまで画像。身体に触れさせていただき、お話をして、症状の全容を捉えることが重要です。
※3 筋緊張コントロールについて
緊張がコントロールされ、良好な動きを取り戻した方は、異常な状態の時と比べて、脳や脊髄の反応にも変化があることが確認されています。この症状は上肢(肩〜腕〜手)にも下肢(腰〜脚〜足)にも生じ得るのですが、とくに下肢に生じると歩行が著しく難しくなります。足を地面についたら膝から下にケイレンが生じて倒れてしまったり、つま先が下に垂れたまま挙げられなくなって、踵を地面につけなくなってしまったり。もとからこのような状態になっている方もいれば、動作を繰り返す中で徐々に歩き難くなる方もいます。もちろん上肢の筋緊張も全身の姿勢に大きな影響を持ちますから、走ろうとするなら下肢だけでなく、全身の筋緊張をコントロールしなければならないのです。
※4 感覚障害について
触ったことや体の格好がわかりにくいなど感覚が鈍くなっているだけでなく、痺れや痛みなど、何の刺激もなければ通常では生じない感覚が常に見られるような症状も感覚障害に含まれます。
その他にも可能性として疑われる範囲まで含めて通り一遍のスクリーニング検査を行い、初回のチェックは終了しました。
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